アスベスト労災の認定基準と給付金額を解説!退職後や時効でも申請できる
「昔の工事現場でアスベストを吸っていたかもしれない」「今さら申請できるのだろうか」――そんな不安を抱えている方や、そのご家族は少なくありません。アスベスト(石綿)による病気は、ばく露から20〜40年という長い潜伏期間を経て発症します。そのため、発症した時点ではすでに退職していたり、勤務先の会社がなくなっていたりするケースが多いのです。
しかし、諦める必要はありません。労災保険の申請は、退職後でも、会社が倒産していても行えます。さらに、時効が過ぎてしまった場合でも「特別遺族給付金」という救済の仕組みが用意されています。建設現場で働いた方には「建設アスベスト給付金(最大1,300万円)」という別の制度もあります。
この記事では、アスベスト労災の認定基準から受け取れる給付金の種類・金額、具体的な申請手順まで、必要な情報をすべてまとめました。まず自分がどの制度を使えるかを確認し、一歩を踏み出すきっかけにしてください。
アスベスト(石綿)による健康被害は労災認定の対象

アスベストが原因で病気になった場合、一定の条件を満たせば労災保険の給付を受けることができます。労災保険は、業務が原因の負傷・疾病・障害・死亡に対して、労働者やその遺族を支援する制度です。アスベストによる健康被害も、業務との因果関係が認められれば「業務上疾病」として保護の対象になります。2006年2月には認定基準が改正され、アスベスト関連疾患の対象範囲がより明確になりました。
▼労災認定が受けられる5つの指定疾患
アスベスト関連疾患として労災認定の対象となる病気は、現在5つ定められています。いずれも、アスベスト繊維を長期間吸入したことと発症の因果関係が医学的に認められている疾患です。
対象となる5つの指定疾患は次のとおりです。
・中皮腫(胸膜・腹膜・心膜などに発生する悪性腫瘍)
・肺がん(原発性肺がん)
・石綿肺(アスベスト吸入による肺の線維化)
・びまん性胸膜肥厚(胸膜が広範囲に肥厚し、呼吸困難を引き起こす)
・良性石綿胸水(アスベストが原因で発生する胸腔内の液体貯留)
それぞれの認定基準は疾患ごとに細かく定められています。たとえば中皮腫は、アスベストばく露作業への従事期間が1年以上あれば認定される可能性があります。短期間のばく露でも発症リスクがあるため、基準が他の疾患より緩やかに設定されています。石綿肺の場合は、じん肺管理区分の決定を受けたうえで、一定の合併症があることが条件となります。
認定基準を満たさない場合でも、病状やばく露の経緯を総合的に判断して認定される可能性があります。「自分には難しいかもしれない」と感じても、まずは労働基準監督署に相談することをおすすめします。
▼仕事が原因なら「労災保険」を優先すべき理由
アスベストによる健康被害の救済制度は複数ありますが、業務上の原因がある方には労災保険を最優先で検討することをおすすめします。理由は、補償内容の手厚さにあります。
労災保険は医療費が全額カバーされ、休業中の生活費も支給されます。後述する「石綿健康被害救済制度」は、労災の対象外となった方向けの制度であり、補償水準は労災保険より低く設定されています。また、労災保険の給付を受けていても、別途「建設アスベスト給付金」や「損害賠償」を請求できる場合があります。複数の制度を組み合わせることで、受け取れる補償の総額が大きく変わる可能性があります。
アスベスト労災で受け取れる給付金の種類と金額
労災認定を受けると、状況に応じて複数の給付を受けることができます。医療費の補償から、休業中の生活費、障害が残った場合の年金、さらにお亡くなりになった場合のご遺族への支援まで、さまざまな給付が用意されています。給付内容を正しく理解することで、申請漏れを防ぎ、受け取れる金額を最大限にすることができます。
▼療養補償給付:医療費の自己負担が全額無料に
療養補償給付とは、アスベスト関連疾患の治療にかかる費用を補償する給付です。労災指定病院で治療を受ける場合は、窓口での支払いが一切不要になります。通常の健康保険では3割の自己負担が生じますが、労災保険では医療費が全額支給されます。
労災指定病院以外の医療機関を受診した場合でも、かかった費用の全額が後日支給されます。通院のために要した「移送費(交通費)」も対象になることがあります。中皮腫は治療できる専門病院が全国でも限られているため、遠方への通院が必要なケースでも移送費の申請が可能です。
なお、療養補償給付の請求権には2年間の時効があります。療養の費用を支払った日の翌日から起算されるため、早めに手続きを進めることが大切です。
▼休業補償給付:療養中の生活を支える手当
アスベスト関連疾患の治療中で働けない期間には、休業補償給付が支給されます。支給額は、休業1日につき「給付基礎日額の60%」です。これに加えて、社会復帰促進等事業から「休業特別支給金」として給付基礎日額の20%が上乗せされます。合計すると、休業1日あたり給付基礎日額の80%相当を受け取ることができます。
たとえば、発症前の賃金をもとに計算した給付基礎日額が1万円の場合、1日あたり8,000円の支給となります。休業4日目から支給対象になり、最初の3日間は待期期間として支給されません。
また、療養開始後1年6か月を経過しても症状が治癒しない場合は、「傷病補償年金」に切り替わります。傷病補償年金は労働基準監督署長の職権で支給されるため、請求手続きは不要です。時効の対象外でもあります。
▼遺族補償給付:ご家族に支払われる年金や一時金
アスベスト関連疾患で労働者がお亡くなりになった場合、ご遺族に「遺族補償給付」が支払われます。給付の形式は「遺族補償年金」と「遺族補償一時金」の2種類があります。
遺族補償年金は、亡くなった労働者の収入で生活していた配偶者や子ども、父母などが対象です。支給額はご遺族の人数によって異なり、遺族の人数が多いほど年金額が高くなる仕組みです。遺族補償年金の受給資格者がいない場合には、遺族補償一時金として一括で支給されます。
なお、遺族補償給付の請求権には5年間の時効があります。時効が迫っている場合や、すでに時効が過ぎてしまった場合も、後述の「特別遺族給付金」という別の救済制度がありますので、諦めないでください。
このほか、葬儀を行ったご遺族に対して「葬祭料」が支給されます。障害が残った場合には「障害補償給付(年金または一時金)」、介護が必要な状態になった場合には「介護補償給付」なども受けられます。
【重要】退職後や会社が倒産していても申請できる?
アスベストによる病気は発症まで数十年かかるため、いざ申請しようとした時には「もう退職している」「勤め先の会社がない」「こんなに時間が経ってから申請できるのか」という疑問が生じます。結論から言えば、退職後でも、会社がなくなっていても、そして一定の条件下では時効が過ぎていても、申請の道は残されています。
▼勤務先がなくても労働基準監督署で手続き可能
労災保険の給付を受ける権利は、退職によって失われません。厚生労働省も「退職された後であっても、労災認定を受けることができる」と明示しています。申請の窓口はあくまでも労働基準監督署であり、元の勤務先を経由する必要はありません。
会社が倒産・廃業していて現存しない場合でも同様です。被災した労働者が労災保険給付を受ける権利はなくなりません。ただし、当時の職場でのアスベストばく露作業の実態を証明する資料が必要になることがあります。職場の同僚の証言、当時の写真や記録、年金の被保険者記録などが手がかりになります。一人で証明が難しいと感じた場合は、専門スタッフが対応するアスベストセンターや弁護士に相談することで、一緒に書類を探してもらえます。
▼時効が過ぎていても「特別遺族給付金」で救済される
労災保険の遺族補償給付には5年間の時効があります。5年を過ぎると受給権が消滅してしまいますが、その場合でも「特別遺族給付金」という救済制度があります。
特別遺族給付金は、アスベスト関連疾患で亡くなった労働者のご遺族が、病気の原因に長く気づかなかったなどの事情で遺族補償給付の時効が成立してしまった場合に、石綿健康被害救済法に基づいて支給される制度です。支給額は「特別遺族年金(遺族1人の場合、原則240万円/年)」または「特別遺族一時金(1,200万円)」のいずれかです。
令和4年(2022年)6月の法改正により、特別遺族給付金の請求期限が延長されました。「もう手遅れかもしれない」と思っている方でも、申請できる可能性があります。まずは最寄りの労働基準監督署に相談してみてください。
アスベスト労災申請の具体的な流れと必要書類
労災申請は複雑に見えますが、手順を整理すれば一つひとつ進めることができます。基本的な流れは「診断書の取得→書類の提出→調査と認定の通知」の3ステップです。申請を焦る必要はありませんが、各種給付には時効があるため、気づいた段階で早めに動くことが大切です。
▼ステップ1:医師から診断書(労災様式)を取得する
まず、担当医師に対してアスベスト関連疾患であることの診断書(労災保険専用の様式)を作成してもらいます。通常の診断書とは書式が異なり、疾患の種類ごとに専用の様式が用意されています(中皮腫用・肺がん用・石綿肺用・びまん性胸膜肥厚用・良性石綿胸水用)。
診断書の取得にあたっては、主治医にアスベストばく露の職歴や当時の作業内容をできるだけ詳しく伝えることが重要です。アスベストとの因果関係を記録に残してもらうことが、後の認定審査でも大きなポイントになります。なお、治療を受けている医療機関がアスベスト専門病院でない場合、専門機関への紹介を相談してみることも有効です。
▼ステップ2:労働基準監督署へ必要書類を提出する
診断書が揃ったら、最寄りの労働基準監督署に請求書と必要書類を提出します。主な必要書類は次のとおりです。
・給付ごとの請求書(療養補償給付、休業補償給付など、受けたい給付に対応した様式)
・医師の診断書(労災様式)
・従事した作業の内容と期間がわかる書類(職歴書など)
・石綿ばく露作業への従事が確認できる資料(作業記録・同僚の証言など)
書類の種類は、請求する給付の内容や、退職・死亡の有無によって異なります。窓口では担当者が相談に応じてくれますので、手元に揃っている書類を持参したうえで確認することをおすすめします。一人で書類を集めることが難しい場合は、弁護士やアスベストセンターに相談することで、書類集めから申請までサポートしてもらえます。
▼ステップ3:労働局による調査と認定の通知
書類を提出すると、労働基準監督署が当時の職場でのアスベストばく露状況を調査します。元同僚への聞き取り、当時の作業記録の確認、医療機関への問い合わせなどが行われます。調査が完了すると、労働局が審査を行い、認定または不支給の通知が届きます。
認定の通知が届いたあと、各種給付の支給が始まります。通知から実際の支給まで一定の時間がかかることがあります。もし不支給の決定が届いた場合でも、通知を受け取った日の翌日から3か月以内であれば「審査請求」を行うことができます。審査請求でも不服がある場合は、さらに「再審査請求」や「行政訴訟」という手段もあります。諦めずに、専門家への相談を検討してください。
労災以外にもある?知っておきたい給付金と損害賠償
アスベストによる健康被害への補償は、労災保険だけではありません。状況によっては複数の制度を組み合わせて利用することで、受け取れる金額を増やせる場合があります。ここでは、労災と並行して検討すべき3つの制度を紹介します。
▼建設現場で働いていた方向けの「建設アスベスト給付金」
建設現場でアスベストを扱う作業に従事していた方やそのご遺族は、「建設アスベスト給付金」を申請できる可能性があります。この制度は、2021年5月の最高裁判決で国の責任が認められたことを受けて2022年1月に施行されたもので、訴訟を起こさずに国から最大1,300万円の給付金を受け取ることができます。
対象となる主な条件は以下のとおりです。
・昭和47年10月1日〜昭和50年9月30日の間に石綿の吹き付け作業に従事した
・または昭和50年10月1日〜平成16年9月30日の間に屋内の建設作業現場でアスベストにばく露する作業に従事した
・中皮腫・肺がん・石綿肺・びまん性胸膜肥厚・良性石綿胸水のいずれかを発症している
・労働者・一人親方・中小事業主(家族従事者を含む)であること
請求期限は、医師の診断日または石綿肺のじん肺管理区分決定日から20年以内です。すでに労災認定を受けている方は「労災支給決定等情報提供サービス」を活用すると申請手続きが簡便になります。なお、すでに労災保険給付を受けている場合も、要件を満たせば給付金の申請は可能です。
▼国や企業に対して請求できる「損害賠償(企業賠償)」
労災保険給付とは別に、アスベストを取り扱わせた企業や国に対して、損害賠償を請求できる場合があります。企業賠償は、会社が安全配慮義務を怠ったことで健康被害が生じたと認められる場合に請求が可能です。
アスベスト工場の元労働者を対象とした「工場型アスベスト訴訟」では、国との和解によって最大1,300万円の賠償金が支払われています。企業賠償は、労災保険給付をすでに受けていても請求できますが、受け取った給付金の額が一部差し引かれる場合があります。手続きには専門的な知識が必要なため、弁護士への相談が不可欠です。
▼労災対象外の方向けの「石綿健康被害救済制度」
アスベストによる健康被害があっても、労災保険の対象とならない方がいます。たとえば、特別加入の手続きをしていなかった一人親方や個人事業主、アスベスト工場の近隣住民、作業員の家族が自宅で洗濯物に付着したアスベストを吸い込んでしまったケースなどです。このような方には「石綿健康被害救済制度」が利用できます。
この制度は、石綿健康被害救済法に基づいて独立行政法人環境再生保全機構が運営しており、認定を受けることで医療費(健康保険の自己負担分)や療養手当(月額103,870円)などの給付を受けることができます。ただし、労災保険給付との重複受給はできません。
フリーダイヤル(0120-389-931)で相談できるため、自分がどの制度を使えるかわからない場合はまず問い合わせてみることをおすすめします。
まとめ
アスベストによる健康被害は、発症までの長い潜伏期間ゆえに「今さら申請できるのか」という不安を抱える方がとても多いです。しかし、退職後でも、会社が倒産していても、そして時効が成立していても、利用できる制度は残されています。
この記事のポイントをまとめると以下のとおりです。
・アスベスト関連疾患(5疾患)で業務上のばく露が確認できれば、労災認定の対象になる
・労災保険では、医療費の全額支給・休業補償(給付基礎日額の約80%)・遺族への年金または一時金が受けられる
・退職後・会社倒産後でも申請は可能。窓口は労働基準監督署
・遺族補償給付の時効(5年)が過ぎていても「特別遺族給付金」で救済される
・建設現場で働いていた方は「建設アスベスト給付金(最大1,300万円)」も申請できる
・労災の対象外の方は「石綿健康被害救済制度」が利用できる
まず取るべき行動は、主治医に「労災申請のための診断書を書いてほしい」と伝えることです。この一歩が、給付金を受け取るための最初の手続きになります。書類集めや申請の流れで困った場合は、労働基準監督署、アスベストセンター、または弁護士に相談することで、専門家のサポートを受けながら進めることができます。
病気と向き合いながらの手続きは、心身ともに大変な負担を伴います。一人で抱え込まず、専門家の力を借りながら、受けられる補償をしっかり受け取ってください。
